消化器癌術後の患者

① 病気のポイント
② 診療時の注意点
③ 常用薬
④ 投薬時の注意点
⑤ 予測される緊急事態と対応法
⑥ 最近のトピックス
 ・ 分子標的治療薬
 ・ 癌の内視鏡的治療(ESD)
 ・ 癌の内視鏡外科(腹腔鏡下手術)
 ・ 移植医療


① 病気のポイント
・ 消化器癌には、食道・胃・小腸・大腸などの消化管に発生する癌と、肝臓・胆道・膵臓・脾臓などの実質臓器に発生する癌がある。
・ 治療方法も外科的(手術)治療、抗がん剤治療、分子標的治療、放射線治療、緩和治療など色々な組み合わせで行われている。癌の進行度はそれぞれであり、部位、進行度、治療方法、治療中か治療後かについて詳しく問診をすることが必要である。
・ 消化器癌術後患者に限ったことではないが、咀嚼・嚥下は重要なことであり、口腔内の環境整備は大切である。
・ 口腔内衛生が誤嚥性肺炎の発症に密接に関係しているので、口腔内衛生管理を含め歯科医の果たす役割は大きくなってきている。

② 診療時の注意点
・ 化学療法や分子標的剤療法を受けている患者さんでは、抜歯後の治癒遷延や、口内炎の管理が不十分な場合、全身感染症の重大なリスクになる可能性があるので、十分な問診が必要である。
・ 術後の問題点は創部の痛みである。術後の期間にもよるが臥位での治療に堪えれるかどうか、治療時間の目安を前もってつたえたりすることも配慮されたい。
・ 部位別
食道癌:部位にもよるが頚部手術操作をされている場合、合併症として反回神経麻痺をおこしている可能性もあるので、問診時の嗄声に注意し、それがある場合には誤嚥の可能性に注意する必要がある。
胃癌:全摘、亜全摘によって異なるが食道胃接合部は切除または機能不全に陥っていることが殆どである。刺激により嘔吐しやすい患者に対しては食直後の処置は注意が必要である。
肝臓癌:日本ではウイルス性肝炎をベースに発生することが多い。背景に肝硬変があることが多いので、出血傾向の有無、肝機能低下の有無等を問診で聞くことが重要であり、そのような症状が疑われる場合に医科主治医に尋ねることが必要である。

③ 常用薬
・ 最近、顎骨壊死をきたすビスフォスフォネート系製剤が話題となっている。消化器癌の患者さんでも、骨粗鬆症でビスフォスフォネートを内服されている可能性がある。また、近年、消化器癌患者さんで、骨転移がある場合にビスフォスフォネートが点滴で使用されていることがある。内服だけでなく点滴治療の内容を確認する必要がある。
・ 抗癌剤の種類によっては白血球減少などの骨髄抑制が来ている可能性がある。抜歯後の感染や治癒遷延を来す可能性があるので主治医の問い合わせ等の注意が必要である。

④ 投薬時の注意点
・ 嚥下に問題がないか問診し、問題がある場合は剤形や内服の仕方に注意が必要である。
・ 抗癌剤が投与されている時は相互作用に注意が必要である。また、抗生剤投与が必要な場合には内服薬との相互作用に注意が必要である。

⑤ 予測される緊急事態と対応法
・ 反回神経麻痺がある患者さんの場合、誤嚥する可能性が高い。反回神経麻痺がなくとも脳梗塞の既往がある患者さんでは嚥下がうまくいかない場合があるので、唾液や治療の際の冷却水をよく吸引することが必要である。誤嚥した場合には呼吸状態の確認やバイタルサインの確認が必要である。

⑥ 最近のトピックス
・ 分子標的治療薬
今までの抗悪性腫瘍薬の大半は、核酸合成や修復、細胞分裂過程など正常細胞にも共通する現象に対し、細胞増殖能の違いに着目し開発されてきた。最近の分子生物学の進歩により、癌の増殖や転移・浸潤に関する分子レベルのメカニズムが急速に明らかにされつつある。これらの分子機構が理解されるに伴い、標的とする分子標的治療薬が開発されている。消化器癌で2010年3月現在、保険適応として使用されている分子標的治療薬は、大腸癌に対して抗ヒトVEGFモノクロナール抗体(ベバシズマブ:商品名:アバスチン)、抗ヒトEGFRモノクロナール抗体(セツキシマブ、商品名:アービタックス)、肝臓癌に対してソラフェニブトシル酸塩(商品名:ネクサバール)、消化管間質腫瘍(GIST)に対してイマチニブメシル酸塩(商品名:グリベック)などである。今後、急速に増えていくことが予想される。
・ 癌の内視鏡的治療(ESD)
ESDとは内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopic submucosal dissection)のことで、日本で開発され急速に普及している食道表在癌、早期胃癌、早期大腸癌の内視鏡的切除手技である。従来の内視鏡的粘膜切除(EMR:Endoscopic mucosal resection)では、大きな病変は用いるスネアサイズの限界から分割切除になることがあったが、ESDではサイズに関わらず病変の一括切除が可能になった。
・ 癌の内視鏡外科(腹腔鏡下手術)
内視鏡外科とは体腔に内視鏡を挿入してモニターに術野を映し出し、同時に挿入した器具で行う手術の総称である。
腹腔鏡下手術は、1987年にフランスで行われた腹腔鏡下胆嚢摘出術が最初である。日本では1990年に始めて行われ、胆嚢摘出術において急速に拡がった。その後、胃や大腸の手術においても保険適応となり、近年、食道、脾臓、肝臓、膵臓の手術においても急速に普及している。
内視鏡外科のがん治療では低侵襲性を活かしつつ、リンパ節郭清を含めた手技の標準化と安全性の担保が必要である。将来的には、心臓手術で最も用いられている手術ロボットの導入など技術革新が望まれる。
長所:軽微な創痛、呼吸機能や腸蠕動の早期回復、癒着低減と腸閉塞発生率低下、精緻なリンパ節郭清と神経温存、少量の術中出血
短所:全体像が把握しにくい、出血のコントロールが難しい、奥行き感覚が乏しい、触感が乏しい、手術機材が高価、指導者が少ない
・ 移植医療
消化器癌領域で行われている移植医療は、肝細胞癌と小児肝芽腫に対しての肝臓移植である。
日本における生体肝臓移植は1989年にはじまり、適応疾患が拡大され、最近年間400から500例の間の移植数である。このうち、肝細胞癌に対する移植保険適応は
1. その他の治療(肝切除、ラジオ波焼灼術(RFA)、肝動脈塞栓術)ができないほどの肝機能低下を示す背景の肝硬変の存在
2. ミラノ基準(単発の肝細胞癌では腫瘍最大径が5cm以下、あるいは最大腫瘍径が3cm以下で3個以下
とされている。このような患者では術後に免疫抑制剤が単剤、多剤使用されているので歯科治療においても注意が必要である。
尚、2008年末までの肝移植数は5250例であり、生体移植が5189例、死体移植が61例である。生体移植のうち肝細胞癌が1034例で移植後の生存率は1年84.8%、3年74.4%、5年69.3%、10年59.8%であった。難点は、ドナーがいて始めて成立する医療であることである。